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田清の歴史

本日は田清グループの田村啓一会長に田清グループの歴史についてお伺いしたいと思います。

魚屋は行商から始まっている

よろしくお願いします。
田清グループ 会長 田村啓一田清グループ 会長 田村啓一
よろしくお願いします。
歴史と言いましても、たいしたことはないのだけども、私の体験ですから、お話したいと思います。
田清グループの始まりを教えて頂けますか。
明治9年創業 田清1号店明治9年創業 田清1号店
田清グループはもともと明治9年に創業の魚屋からなんです。
そして、魚屋というのは行商から始まっているんですよ。
今のように車とか何も無いものですから、どうしても移動販売になるんですよ。
私たちは引き売りと言うんですけど、リヤカーでの移動販売なんですよ。
その当時の盛岡市内には、何人ぐらいのリヤカーで販売している人たちがいたのですか?
いっぱいいました。すごかったんですよ。
そうすると、やっぱりその同業の中でも縄張りみたいなのがありますよね?
リアカーでの移動販売リアカーでの移動販売
ありますよ。縄張り競争でした。
一軒のお得意様を獲得するのも大変でした。
先にお客様のところへ行った人から買われますし、早く行っても、良くて安いものを売らないと、次に行った人が安くて良いもの売っていたら、次は買ってくれないんですよ。
だからそれは、ほんとに誠心誠意ですね。
良い商品を、売る、買う、というのはもちろんですけど、その人から買いたいと思うから、やっぱり人と人とのつながりというのが大切なんですね。
会長のお話に感心する質問者会長のお話に感心する質問者
そうです。そしてこれが、口こみなんですよ。
それが私たちの商売の基本なんです。

時代の流れの先取りが現在につながっている

その、先々を読む力っていうのはどこからくるのですか?
常に先を見据える田村会長常に先を見据える田村会長
私、好奇心が強いんですよ。すごく。
ただ黙ってるのが性格上できないものですから。
次何くるか、これから衰退していくのは何か。
同じ魚屋やるにしても、このままで絶対いいってことはないんですよ。
でも、その業態があれば、ある程度の安定はありますよね?そこからなぜ、新しいことにチャレンジしていったのですか?
自らを語る田村会長自らを語る田村会長
なんと言いますか、私もこれで、向こう見ずですから。
もちろん失敗もその中ではあるんですよ。たくさんね。
でも、若いときっていうのは失敗しても、案外おっかなくないんですよ。
失敗しますと、それを体力でカバーしていました。
リヤカー販売から、スタートされて、ここまで田清グループが成長した一番の原動力というのはなんだったのでしょうか?
原動力はですね、その時代の流れの先取りだと私は思います。
先取りしてきたものの積み重ねが現在につながっているわけですよ。
現在の田清グループの魅力っていうのはどんなとこにあると思いますか?
田清グループの回転鮨清次郎田清グループの回転鮨清次郎
それはやはり、総合力だと思いますね。
うちでも、魚の卸しだけでなく、回転鮨をやったり、弁当だとか、魚に関連したイタリア料理だとか、和食だとか、それらの総合力だと思っています。
本日は貴重なお話を聞かせて頂きありがとうございました。
意義のある対談となった意義のある対談となった
ありがとうございました。
これからも発展していく田清グループをよろしくお願いします。